『侍戦隊シンケンジャー』(2009)43〜最終話感想まとめ

 

第四十三幕「最後一太刀」

第四十四幕「志葉家十八代目当主」

第四十五幕「影武者」

第四十六幕「激突大勝負」

第四十七幕「絆」

第四十八幕「最後大決戦」

最終幕「侍戦隊永遠」

 


第四十三幕「最後一太刀」


脚本:小林靖子/演出:竹本昇


<あらすじ>
アクマロは裏見がんどう返しの術を用いて、この世に地獄を出現させようとするが、そのためには十臓が再び裏正を使う必要があった。丈瑠たちが戦いのダメージで撤退を余儀なくされている中、目を覚ました源太が目の前に十蔵が倒れているのを発見する。「今倒せばアクマロの企みを阻止できる」と息巻く源太であったが、彼は十臓と裏正の正体や背景事情を考えると、迂闊に殺せないのであった。


<感想>
今回はアクマロの最期にして、実質最後の源太メイン回、更には十臓の裏切りと内容的にはてんこ盛りなのですが…うーん、いまいちうまくまとまり切らず。
個人的にはどうにも源太関連のエピソードはいまいちというか、やっぱりここまで見ても「不思議コメディからの住人がシンケンジャーの世界に迷い込んだ」としか見えません。
まず、十臓を殺すのを躊躇い失敗してしまう源太という流れ自体に説得力がなく、そもそもなぜこのように考えるに至ったのかがわからないのです。


「俺はやっぱ侍になりきれねえ!外道衆は許せねえけど、家族の魂救いてえって奴をどうしても剣で止められねえ。だから!だから頼むしかねえ、裏正を諦めてくれ。この通りだ!頼む!」


このセリフ、本来なら「あの能天気で明るい源太にもこんな一面が!」ということかもしれませんが、「そもそも本作のメインテーマはそこでしたっけ?」と思ってしまいました。
源太が人間の体を持つ十臓を斬れない、非情に徹しきれないキャラなのかというと、割と十臓以外の外道衆はなんの葛藤もなくバッサバサと斬ってきたので、寧ろ覚悟は決まっている方では?
それこそ十九幕では流ノ介相手に「命をかけて守る!これだけはぜってえごっこじゃねえ」って言っているわけで、それは要するにこの世の人を守るためならたとえ人間だろうと斬るということだと解釈しました。
だからこそ、ここで急に日和って十臓と裏正のことを深くまで考えたら迷いが生じてしまって斬れなかったというのは単なる「甘さ」以外の何物でもありませんし、また十臓は救済の余地があるキャラでもありません


たとえば十臓と源太の間に友情が芽生えていたり、あるいは源太が外道衆を斬って捨てることに葛藤や躊躇いが描かれているようであれば話は別です。
「仮面ライダー龍騎」の主人公・城戸真司みたいに「ライダーバトルを止めたい」という願いを持って非暴力を終始訴えるキャラクターならわかります。
しかし、真司はそれを最初から最後まで持ち続けていたからこそあのキャラクターに説得が出たわけですし、何より世界の運命をかけた戦いじゃないですしね。
一方の源太がその真司のようなキャラクターかというとそうではありませんし、どちらかといえば「開発と居合術の天才」という便利キャラの側面が強かったのです。


また、ここに持っていく展開の前振りとして、茉子が太夫の過去を知って躊躇いが出ますが、あれは茉子のキャラクターだから説得力があったんですよ。
小さい頃から親の愛情を知らずに育って人間性がすっぽり欠落していて、本人はそれを埋めるように丈瑠や流ノ介に構うことで自分の存在意義を満たそうとしていました。
そんな茉子だからこそ、太夫の深淵を覗いてしまって逆に深淵から覗かれることに説得力があったのですが、源太はそういう「闇」とは無縁のキャラクターです。
というか、そもそも十臓が一貫して因縁がある相手はあくまで丈瑠だけであって、源太に関しては「便利な寿司屋」程度の認識しかありません。
少なくとも十臓の方から源太個人を認識して何かしらの個人的感情が芽生えたことなどないので、どうしても感情の方向性が食い違ってしまっています。


「情けねぇ。考えた挙げ句、俺はこんなに甘い」
「それでこそ源ちゃんだろ。格好良かったよ」
「私にはとても出来ない。源太、多分お前のような侍が私たちには必要なんだ。殿たちもきっとそう思ってる」
「行こうぜ。地獄なんかこの世に出してたまるかよ」


で、最終的に源太がなぜか流ノ介、千明と友情を形成しているのですが、このシーンも今ひとつうまくまとまり切らず
そもそも流ノ介との友情を描いた十九幕自体が話の構成としてうまくいったとはいえませんし、そもそもシンケンジャー5人が非情なチームというわけでもないでしょう。
確かに侍としての使命にはストイックな連中ですが、かといってはぐれ外道だろうと容赦無く殺すみたいなところは本作のテーマにはなかったものでした。
だから、どうにもこの「非情になりきれない源太」と「侍として既に一線を超えている流ノ介と千明」の構図が今ひとつうまくはまりません。


それから十臓がアクマロをバッサリ斬って裏切るというのも意外性を出したかったのかもしれませんが、元々十臓は満足できる斬り合いができればそれでいいのです。
だからアクマロのことをぶった斬ろうが別に驚きではありませんし、寧ろそれだけわかりやすい十臓のキャラを掴めなかったアクマロがただのあほということになりかねません。
どうにもこの「一緒にやってきた仲間から煮え湯を飲まされる」的な展開がイマイチ綺麗な構図にならず、またもやここで物語全体のピースがてんでバラバラな状態に。
源太メイン回の最後がこういう終わり方というのも個人的には微妙なところで、年間の総合的なキャラクターの完成度においては源太は他の5人に比べて甘いです


んで、そんな風にバラバラな物語の上に出てきたのが今の今まで存在すら忘れられていた恐竜折神…えーっと、なんでもっと早くから使わなかったのか?
まあドウコクは仕方ないとしても他のアヤカシに関しては普通に恐竜折神さえあればクリアできるという状況はいくらでもありましたよ。
しかもまたもや源太の閃きであっさり倒しちゃうものだから、クリスマス決戦編としての盛り上がりがますます微妙なものとなってしまったのです。
その分十臓にとってはアクマロをぶっ倒して下克上し、終盤にとって更なるステップアップとなったのですが。


ラストのクリスマスももっと明るい感じにすればいいのに、源太が神妙な顔をしているせいでイマイチ明るくなりきれず。
というか、本作のジメジメした作風でこういうクリスマスのしんみりした感じは合わないような…評価はもちろんE(不作)で、イマイチ乗り切れませんでした。


第四十四幕「志葉家十八代目当主」


脚本:小林靖子/演出:加藤弘之


<あらすじ>
謹賀新年、志葉家の屋敷では新年の挨拶が行われ、全員着物を着ておせち料理を食べたりかくし芸披露会をしたりして楽しく過ごしていた。するとそこにいつもとは違う格好の黒子が手紙を持参して現れ、丈瑠と彦馬はその姿を見ると表情が一変する。一方、外道衆の方はというと、骨のシタリが薄皮太夫の帰還を知るや否や、ドウコクの復活を早める前に志葉家当主の抹殺を目論んでアヤカシを差し向けるのであった。


<感想>
さあ、やって来ました最終章…ここから最終幕までは怒涛の伏線回収です。
みんなが正月で浮かれているところにやって来たとんでもない豪速球…それは何と真の志葉家十八代目当主であった!!


「無礼者!この御方をどなたと心得る!この御方こそ、志葉家十八代目当主、志葉薫様にあらせられるぞ」
「は?」
「え?」
「はぁ?!」
「姫の御前である。控えろお!」


もうこのラストカットが今回の話の全てであり、丈瑠は本物の当主ではなかったことがついに判明。
いやまあそれまでも伏線という伏線はたっぷり序盤から仕込まれていましたが、私が初めて見たときもこのオチは正直予想範囲内でした、なぜか周囲は驚いていたようですけど。
ちなみに作り手の方でも松坂桃李と脚本家、プロデューサーあたりだけが先に知っていて、家臣たちや彦馬爺の中の人は知らされていなかったそうです。
だから、このラストで姫が出て来たときの丈瑠以外の5人が見せる反応は演技を超えたリアルなものになっていて、こんなところまで用意周到に作り込んでいます。


その姫と呼ばれる人のスペックもとんでもなく高く、丈瑠が苦戦して倒せなかったアヤカシを簡単に倒してしまえるほどに強いのです。
何せスーパーシンケンジャーなし、獅子折神一体だけでアヤカシを倒してしまうのですから、まさに「真の志葉家当主」に相応しい。
そして何と言っても超絶男前!いやもうね、スーパー戦隊シリーズでこんな男前なヒロイン見たことないですよ。
いわゆる「女傑」とは違うし、孤高のクールビューティとも違う、完全に中身が「男」「雄」なんですよね薫姫って


演じる夏居瑠奈氏は正反対の性格だそうですが、まずビジュアルの時点で完全に他を圧倒し食ってしまう程の存在感です。
まだ全貌をあらわにしていませんし、具体的な伏線回収については随時触れていきますが、歴代のスーパー戦隊でこの貫禄は中々いないでしょう
前例では「カクレンジャー」の鶴姫や「ハリケンジャー」の御前様がいましたが、薫姫のインパクトはその2人を完全に凌駕しています。
まあ鶴姫は基本キャンキャン吠えてるだけで、どちらかといえば頼りなさや女らしさの方が目立ったので、あんまり貫禄がありません。
また、御前様にしても「シュリケンジャーの当主」であって、ハリケンジャーやゴウライジャーの当主ではありませんから本筋への影響はないのです。


その点薫姫はもう物語全体に影響を与える存在として中核にドンと存在し、狙い澄ましたようなラスボス感で圧倒してきます…寧ろドウコクよりもラスボス感が強い(笑)
いやもうこれだけで今回は凄いのですが、さらに細かいのがその前に丈瑠を捕まえて聞き出す茉子とそれを遠目に眺める千明の描写を挟んでいたこと。


「やっとチャンス作れた」
「なんだ?話って」
「そんなに警戒しないでよ。まあ、確かに、突っ込む気だけど」
「何を?」
「ずっと引っかかってること。丈瑠が何を抱えているのか?殿様としてなのか、丈瑠としてなのか、全然わからないけど、それ、私たちも一緒に抱えられないのかな?」


これまでの茉子のキャラを活かしつつ、ラストへの前振りとして丈瑠と茉子のプライベートなやり取りを挟んだのはとても良かったです。
しかもそれを蚊帳の外にいた千明が覗いていたのも絶妙なバランスで、あとはここに源太と流ノ介とのやり取りが入れば完璧じゃないかと。
このやり取りがあるからこそアヤカシとの戦闘で意図的に5人と距離を取って1人で戦う丈瑠の焦りようにも説得力が出ます。
あれは明らかに丈瑠らしくなく、いつもなら協力して戦うところがここに来てまたもや孤独になってしまうのです。
その前振りがあるからこそ、ラストのオチがまさにオチとして機能し、同時にここまでの物語のどんでん返しとして機能する。


まさに「拍手の嵐真打ち登場」という感じで、薫姫のスペックと男前さが堪能できた今回、ここからどうなっていくのか楽しみです。
冒頭におせち料理などで楽しんでコメディで終わらせるのかと思いきや、更なる爆弾を落としていろんな意味で視聴者を困惑させにかかるという。
評価はもちろんS(傑作)、ここから怒涛のラスト5話がどう展開され、どう伏線回収がなされていくのかを楽しみに見ていきましょう。


第四十五幕「影武者」


脚本:小林靖子/演出:加藤弘之


<あらすじ>
突然「志葉家十八代目当主」を名乗る志葉薫の姿を見て流ノ介ら家臣たちは驚きを隠せなかった。屋敷に帰った家臣たちは彦馬爺にどういうことかと問い詰めるが、複雑な事情だけに明かすことができない。茉子は思い詰めた結果「丈瑠はあの人の影武者なのか?」と問おうとしたその瞬間、真の当主である薫とお目付役の丹波が現れる。丈瑠と彦馬はもうお役御免となってしまうのであろうか?


<感想>
さあ、ついにやって来ました、終盤のお家騒動もとい「影武者」編。
歴代戦隊で終盤で内輪揉めを起こすのが敵側ではなく味方側というのもかなり意図的な仕掛けなのでしょうね。
今回改めて明らかになった丈瑠の「影武者」という設定ですが、何度も述べているようにこれ自体はそんなに驚きの設定ではありません
というのも「ギンガマン」しかり「タイムレンジャー」しかり、小林女史は「代理人(2人)のレッド」を用いていたからです。


「ギンガマン」の場合はリョウマとヒュウガの「炎の兄弟」、そして「タイムレンジャー」が変化球として竜也とリュウヤ隊長と直人という形で用いています。
そして本作「シンケンジャー」では志葉丈瑠と志葉薫という2人のシンケンレッドによって成り立っていたわけで、まずこの構造を見抜くことが大事です。
また、「影武者」ということでいえば、そもそも小林女史はデビュー作の「ジャンパーソン」で全く似た2人の真壁ジョージを描いています。
これも見方を変えれば「影武者」ネタであり、そういうことを知っていれば本作に出て来た「影武者」という設定自体に大した衝撃はありません。
それよりも小林女史が得意とする「代理人のレッド」をこういう形で使って来たかということの方が大事で、確かに終盤のオチに持ってくるというのはまだやっていなかったパターン。


改めて今回志葉家がなぜ「影武者」という残酷な設定を打ち出したのかというと、これは外道衆との戦いで疲弊した先代シンケンレッドの考えた策でした。
その先代シンケンレッドを演じているのはメガブルーこと松風雅也氏ですが、十七代目投手は不完全ながらも封印の文字を使い、一時的にドウコクを封印することに成功する。
しかし、いつドウコクが復活するかわからない上志葉薫はまだお腹の中にいた為、姫が完璧に封印の文字を習得するまでは矢面に立って戦う代理人を立てなければなりません。
そこで白羽の矢が立ったのが彦馬爺と志葉丈瑠であり、志葉丈瑠自体がそもそも「姫の代理人」であり、偽者でしかなかったというオチでした。
ここでまずはことはの「姉の代わり」でシンケンジャーになったという設定が丈瑠とリンクしている点が絶妙。


更に序盤から数々の伏線が散りばめられており、丈瑠がずっと家臣たちと共に戦うのを反対したのも、根っこにあったのは自分が影武者だったから
第六幕の「嘘つき」「大嘘つき」も影武者であることを隠して当主として振る舞っていたからであり、また第八幕で登場した5人の影武者もその伏線。
十一幕、十二幕で打ち出された「封印の文字」も伏線となっていますし、更に丈瑠が「俺の命、お前たちに預ける」といったのも全てはここで崩す為。
そして終盤で丈瑠が茉子に吐き出した「俺は…違う!」というのも、真意は「俺は本当の志葉家当主じゃない!代理人だ」という意味だったのです。


2クール目に源太が入って来て侍になる時に迷いが出たのも、柔らかくなって家臣と仲良くなる自分に戸惑ったというよりは「本当の当主じゃない」から悩んでいたと。
つまり根本の土台にあるものが「嘘」で成り立っている以上、本テーマとして描かれて来た「殿と家臣」という主従関係も結局は偽りでしかなかったのではないかということです。
また、ここでフォローしておきますが、この丈瑠が影武者で終盤にどんでん返しが行われるという展開自体は別段珍しいものではなく、過去にはいくつかそういう作品がありました。
例えば「科学戦隊ダイナマン」の夢野博士の正体や「チェンジマン」の伊吹長官の正体、「ダイレンジャー」の導師の正体など…戦士たちの精神的支柱となる人が正体を隠していたことから生じるどんでん返し。


ただし、本作ではそれが司令官ではなく戦隊レッドであるというのは初の試みであり、そういう意味でも本作は逆「ギンガマン」と言える構造になっているのです。
「ギンガマン」はかなりストレートに理想を描いたというか、「旧世代の完璧超人型レッド」であるヒュウガ(元ニンジャレッド)と「新世代のリーダー型レッド」であるリョウマとの世代交代として描いています。
しかし、本作ではそれを理想ではなく残酷な現実に裏返して描き、そもそも「シンケンレッドとして戦う」という宿命自体が丈瑠も薫姫も望んだことではなかったのです。
あくまでも十七代目の意向によって志葉家が勝手に仕組んだことであり、すなわち本作で一番の外道は薫姫でも丹波でも、そして彦馬爺でもなく「志葉家の世襲制」それ自体にありました。
外道衆よりもはるかに志葉家の血筋や運命の方が恐ろしく、いってみればこれって超絶ブラック企業ですよね…で、丈瑠は社長代理人やってたら、後ろから本物の社長がやって来てハシゴを外された格好


しかも、その後丈瑠は家臣たちにこう言い残します。


「俺はお前たちを騙してた!ずっと騙し続けるつもりだった……預けなくてもいい命を預けさせて、お前たちが危険な目に遭っても、それでも黙ってた。そんな人間がこれ以上一緒に戦えるわけはない。侍ならこの世を守る為に……姫と」


一礼して去っていく丈瑠ですが、そもそも「志葉丈瑠」すら偽物の名前だった本名もわからない元志葉丈瑠はいってみればこの瞬間に「名無し」になったわけであり、もしかして戦闘員のナナシともかけてたり?
ただ、そんな中で丈瑠にとって救いだったのが幼馴染の源太…ここで改めて源太が「丈瑠の幼馴染」であることで、完全に孤独に追い込まず希望の光を残してるのはよかったです。
源太のウザいと思える明るさがようやく最良の形で効果を発揮し始め、やっとここで幼馴染コンビの設定が生きてきました。
あくまでも「丈瑠だから」仕えていた源太がこういう時に身軽に丈瑠の元に飛んでいけるのは便利設定が上手に生きた瞬間ですが、実に有効な使い方。


「丈ちゃん。俺は寿司屋だから。丈ちゃんが殿様じゃなくたって関係ねえよ、全然!前とおんなじ!うん」
「そうか……俺は殿様じゃない自分は初めて見た………ビックリするほど何もないな」


しかし、そんな源太の明るさですらも丈瑠を地獄から救ってくれる栄養源にはなってくれません。
この「びっくりするほど何もない」というセリフは今の丈瑠自身を表していると同時に、メタ的には前作「ゴーオンジャー」までの00年代戦隊の中身のなさを揶揄しているとも取れます。
そしてまた、これは「ボウケンジャー」で他ならぬ小林女史が書いたTask32の「チーフ(明石暁)から冒険を取ったら何も残らない」を本作なりに応用したものでもあるのです。
そう、志葉丈瑠から「志葉家当主」という立場と剣術を取ったら何も残らなくなる、それこそ出ていった後外道衆を倒すという使命すら見失ってしまうほどに。


……これねえ、私も経験したことあるからわかりますが、まじで必死に頑張って働いていた会社を突然向こうの都合でクビにされた時って本当にこうなるんですよ。
しかも当時(2009年)はリーマンショックで多くの派遣社員が解雇されて就職先に困っていた時代でしたから、ある意味丈瑠はそのリーマンショックで解雇されたサラリーマンの象徴とも言えます。
なおかつ、これだけ酷いことをしておいて志葉家が丈瑠のアフターフォローを源太以外誰もする気がないというのも酷い話です…うん、これ確かに子供には理解できないわ。
これ大きなお友達はともかく子供たちにはどう映ってたんだろう?結構難しかったんじゃないかなあ、そもそも「影武者」という設定すら理解できなさそうだし。


しかし、そんな燃え尽き症候群の丈瑠の元にやってきた十臓…きました、元々外道衆と距離を置いたフリーランスの彼は組織に縛られないので身軽に動けるのです。


「シンケンレッド……いや、違うらしいな。が、そんなことどうでもいい。俺と戦う、お前はそれだけで充分だ」
「それだけ…何もないよりはマシか」


第二十六幕の大決戦再びとなりましたが、大きく違うのはあの時に丈瑠にはまだ「志葉家当主」という立場と理性が残っていたのに対して、今回はもはや侍としての闘争本能と執着しかありません
このまま殿は何もないまま戻ってこないのか?運命の別れ道ですが、ここで丈瑠に道なき道を行かせて悪側に落とそうとするというのもすごい脚本だなあ。
今じゃ絶対できませんよこんなの…そして、また、姫も姫で男前に家臣たちを率いて、というかほぼ独断専行で外道衆をバッサバッサと倒しています。
体が小さいので烈火大斬刀をどう使うのかが気になりましたが、そこはさすが蜂須賀さん、足で蹴りながら遠心力で振り回すことで乗り切りました。


ただなあ、等身大戦はそれでいいとしても、巨大ロボ戦で源太の開発した海老折神と烏賊折神を本人の許可なく使ってしまうのはどうなのでしょうか?
源太が使用を認めたのはあくまで「丈瑠だから」であって、姫となるとまた話は違うような…そんなこんなで大混戦になってきたシンケンジャー終盤。
果たして丈瑠をこの闇から救うことができるのでしょうか?評価はもちろんS(傑作)です、姫の男前ぶりと丈瑠の燃え尽きっぷりが見事な好対照を成しています。


第四十六幕「激突大勝負」


脚本:小林靖子/演出:柴崎貴行


<あらすじ>
突如現れた真の当主である薫と共に外道衆と戦う流ノ介たちだったが、どうにも心がバラバラでモチベーションが上がりきらなかった。一方、彦馬爺と共に志葉家を追い出されてしまった丈瑠は完全な腑抜けに成り果ててしまう。そこに狙い澄ましたかのように十臓が現れ、リターンマッチを申し込む。丈瑠もそれに応えるように刀を抜き、一騎打ちに興じてしまた。彦馬は流ノ介たちと鉢合わせになるが…。


<感想>
影武者編第二幕もとい四十六幕ですが、今回と次回に関してはもうこの言葉が全てじゃないかと。


怪物と戦う者はその過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。


第二十五幕で茉子が太夫の深淵を思わず覗き込んでしまった時に引用した言葉ですが、それが今度は他ならぬ志葉丈瑠にまでかかってくるのです。


(存在するのはただ剣のみ、するべきことはただ戦いのみ)
(確かにこれだけは本物だ…いっさい嘘がない)


まさに「ミイラ取りがミイラになる」というレトリックで作られているのですが、今この瞬間に丈瑠は完全に外道に堕ちようとしています。
それこそ「仮面ライダー555」の先を行かんばかりに…「555」もこの辺り正義や善悪の教会が曖昧な作品でしたが、本作もそういった現代的な正義と善悪の複雑さがここで入ってきました。
逆に言えば前作「ゴーオンジャー」までの00年代戦隊が深入りを避けていた闇へ足を突っ込んだ瞬間であり、今ここに「ヒーローであることを軽く考えるな!」という作り手の強烈なメッセージを感じます。
志葉家当主という役割も失い、剣術しか残っていない丈瑠…そんな丈瑠の様子を見て彦馬爺も源太も思わず気が滅入ってしまうのです。


「殿は当主としては完璧に成長された。しかしそれがこのような局面で仇となるとは……!」
「なあお前ら、頼む!丈ちゃんが……何もないって……何もないって言うんだよ。そんなことねえよな?」


それまで丈瑠にとって何よりの精神安定剤だった源太と彦馬ですら、今の闇堕ち寸前の丈瑠を救う希望の光とはなり得ませんでした
彼らの声は届かず、これまで紡いできた絆や関係性といったものが全部なくなって志葉丈瑠という「偽物のヒーロー」がついに空虚になってしまうのです。
何が酷いといって、家臣たちがそれぞれ心の隙間を埋めていって順当にシンケンジャーとして成長してきたのに対して、そうなればなるほど丈瑠の空虚が増していく構造であること。
そう、実は真っ先に心の壁を乗り越えた千明を筆頭に茉子、ことは、源太の順で成長しているのですが、ここで戦闘力最強のはずの丈瑠と流ノ介が大きく揺れているのです。
因みに姫は最初から「境界線の向こう側」の人間なので一切ブレがなく、初めから完璧な勝者なのであれだけの男前度を保てているといえます。


繰り返し述べてきたように、本作は「ヒーロー性」と「人間性」が反比例の関係にあり、「人間性」の象徴に源太、千明、ことはが置かれていて、「ヒーロー性」の象徴に丈瑠、流ノ介、茉子、薫姫が配置されている。
その上で丈瑠だけが現在その「ヒーロー性」という虚飾すらも取っ払われて武力だけが残ったのが今の状態であり、こうなると丈瑠は「ヒーロー」でも「人間」でもなく「生物兵器」でしかありません、それも相当危険な。
そしてその生物兵器という言葉は外道衆そのものであり、中でもただ相手を斬り殺すという快楽にのみ執着する十臓と完全に重なっているわけで、正に十臓は「アンチ志葉丈瑠」なのです。
「どこか歪だから」というこの「歪」の中身とは「侍=ヒーロー」として育てる一方で「青年=人間」としての喜びや悲しみといったものは全て犠牲にしてきたことを指しています。


そしてその「人間であることを捨てたヒーロー」とは正に昭和時代の自己犠牲で戦うヒーローそのものに繋がり、仮面ライダーやゴレンジャーらがなり得たかも知れない暗黒面を意味するのです。
しかもここ流ノ介が1人だけ正座して丈瑠を助けに行かず葛藤するところもまた見事で、彼もまた「ヒーロー=シンケンブルー」と「人間=池波流ノ介」の間で揺れています。
つまり「姫を守る=公」と「丈瑠を救済する=私」とで対比されており、ここで改めて丈瑠たちが1年かけて築き上げてきた「殿と家臣」が実は「公」ではなく「私」であったことが見えるのです。
それに関してはすでに十二幕の段階で描き終えていることなのですが、ずっと一緒に戦っているうちに丈瑠も家臣たちもそれが当たり前になって本質を見失いかけていたのかもしれません。


そうならないように、改めて小林女史は「ヒーローと人間」「殿と家臣」「公と私」を意図的に対比させながら、これまで散りばめてきた要素を丹念に収束させていきます。
それは同時にどこか横並びの友達ちっくな関係だった00年代に対して「お前ら本当にそれでいいのか?そんな友達付き合いのような甘い関係でいいのか?」ということでしょう。
そしてもう1つ、これはビジネスの話にも繋がってくるのですが、丈瑠たちの結んできた「殿と家臣」という関係性がビジネスライクなものではないかという問いです。
きっと丈瑠がこのようなことにならなかったら源太も彦馬も、そして家臣たち4人も有耶無耶にしたまま向き合うことがなかったのではないでしょうか。


姫と家臣たちの関係性は完全な「役割」としてやっている「公」の関係ですが、そのような一方的な上意下達方式が本当に正しい関係性なのか?
しかし、だからといって00年代戦隊のバカレッドに代表されるような横並びの「みんなで仲良く戦おうぜ」なヒロイズムが理想のヒーロー像というわけでもない。
それではこれからの時代に求められるヒーロー像とはなんなのか…この終盤に来て、伏線回収を行った結果そういう諸々が見えて来ました。
逆にいえば、闇落ち寸前の丈瑠の姿は丈瑠だけではなく家臣たちも、そして真の当主である志葉薫もなり得たかもしれない姿なのです。


しかしなあ、こうやって考えていけばいくほど、丈瑠がこうなったのは「志葉家の教育システム」もしくは「先代志葉家当主」のせいとしか思えません。
先代シンケンジャーがきちんと影武者を立てることで生じるネガティブシミュレーションを行わなかったからこうなったんじゃないでしょうか?
なんかこの「先代からの業のツケを孫たちの代で清算しなければならない」というのは漫画「NARUTO」も最終的にそうだったのですが、幾許か意識したのかも。
また本作が逆「ギンガマン」であることを考慮するなら、「ギンガマン」は先祖代々しっかりネガティブシミュレーションは立てていましたからね。
家柄ごとにバラバラではなくギンガの森の民が一体となってやっていたから、ギンガの森やヒュウガの喪失があっても取り乱すことなく対処できたのでしょう。


ただ、これは同時に時代錯誤な武家社会を現代日本で描こうとなると、そういう危険な側面があるということでもあるので、安易に肯定しないのはいいバランスでした。
もはや姫そっちのけになっていますが、まあ姫は姫で最初から完璧に強く男前なので、この段階ではまだ特筆すべきことはありません。
評価はS(傑作)、果たしてここからどのような着地を見せるのかがとても楽しみです。


第四十七幕「絆」


脚本:小林靖子/演出:中澤祥次郎


<あらすじ>
彦馬の忠告も虚しく十臓との死闘に没頭する丈瑠を千明、茉子、ことはの3人が救いに行く。流ノ介は薫姫と丈瑠の間で揺れていたが、その時舵木折神を釣った時に出会った元黒子の人に再会し、「主は自分で選べる」と諭される。その会話をたまたま聞いていた薫姫も思うところがあるのか後ろめたい顔をした。丈瑠と十臓との戦いは凄まじい業火の炎にまでもつれ込み、果たして丈瑠はこのまま外道に堕ちてしまうのであろうか?


<感想>
さて来ました、ある意味ドラマとしてのクライマックスはもうここで頂点に達したというか、「殿と家臣」の関係性に関してはここで決着を見ました。
ぶっちゃけここ以降の四十八幕、そして四十九幕はドウコクとの決戦を前後編に渡って描いているだけですから、ドラマ的な見所は少ないです。
丈瑠と十臓を救いに行く3人の家臣たち、そして姫と丈瑠の間で揺れる流ノ介…ここからして見所満載でした。


「侍として守るべきは姫です!これは間違ってない!ただ、ただ私は……」
「あの殿なら命を預けて一緒に戦える!あんたが言ったんだ。あんたが命を預けた殿というのは志葉家当主という器か!?それとも中身か!?勿論、姫は守らなければならない、当然だ。が人は犬じゃない、主は自分で決められる。どうか、侍として悔いのなきように」


ここで流ノ介の原点である「なぜ丈瑠について行くのか?」を改めてしっかり拾い直して、流ノ介自身の戦う動機にしてくれたのはとても良かったところ。
前回の感想でも述べましたが、本作における「殿と家臣」の関係性は決して「公」ではなく「私」として、つまり流ノ介たち自身の覚悟と意思で紡いで来たものでした。
それをわかっているからこそ彦馬は丈瑠に「嘘だけではない筈」と言ったのであり、千明たちが率先して彼を救いに行こうとするのです。
しかもこれを後ろでたまたま聞いていた姫にも聞かせるようにいうのですからタチが悪いというか、ただまあ確かに姫も姫で家臣たちへの配慮が足りませんでした。


そしてその丈瑠は十臓と闇堕ち寸前の死闘を繰り広げ、いよいよ引き返せないところまでやってくるが、そこに千明たちがやって来ます。
しかし戦いは激化するのみで、丈瑠が究極の一撃を放っても十臓はなかなか死ねないからであることが説明されるのですが、ここで何と裏正が足から抜けません。
妻が十臓を止めに入り、丈瑠との勝負をつけられないまま…ここで素晴らしいのはあくまでも十臓の最期をかっこよく描いていないことです。
丈瑠との死闘で綺麗に追われず、かといって綺麗に成仏することもできず、ただ虚しさだけが残ったまま絶叫とともに爆発。
一連のシーンに私は何も感じるところはなかったのですが、むしろこれは小林女史が意図したところで、我儘を貫いて来ただけの十臓の最期はカッコ良くあってはなりません。


丈瑠にとってもこの戦いは完全に「生物兵器」としての戦いだったからこそ、そこには何も残らず得るものなど全くなかったのです。
当たり前、これは「志葉丈瑠」でも「志葉家十八代目当主」でもない「名無しの強者」としての戦いだったのですから。
そして流ノ介たちは丈瑠を説得するのですが、今回のハイライトはここにあったといえるでしょう。


「嘘じゃないと思います!ずっと一緒に戦ってきたことも、お屋敷で楽しかったことも全部、ほんまのことやから。せやから……」
「俺が騙してたことも本当だ。ただの嘘じゃない。俺を守る為にお前たちが無駄に死ぬかもしれなかったんだ。 そんな嘘の上で何をしたって本当にはならない。早く姫の元へ帰れ」
「丈瑠」
「たく……よけんなよ馬鹿ぁ!今ので、嘘はちゃらにしてやる。だからもう言うなよ、何も無いなんて言うなよ!何も無かったら、俺たちがここに来るわけねえだろ!」
「志葉、丈瑠。私が命を預けたのは貴方だ、それをどう使われようと文句はない!姫を守れというなら守る!ただし!侍として一旦預けた命、責任を取ってもらう!この池波流ノ介、殿と見込んだのはただ1人!これからもずっと!」
「俺も同じくってとこ。まだ、前に立っててもらわなきゃ、困んだよ」
「うちも……うちも同じくです。それに、源さんや彦馬さんも」
「黒子の皆さんもだ」
「丈瑠……志葉家の当主じゃなくても、丈瑠自身に積み重なってきたものは……ちゃんとあるよ」


ここで十二幕で描かれた「殿と家臣」の関係性が1つの完結を迎えるのですが、丈瑠自身を苦しめていた絆が今度は丈瑠を救う希望の光となってくれるというのは見事です。
ただし、ここで勘違いしてはならないのは単なる「救い」ではけではなく「義務」「責任」という部分もしっかり含まれているということ。
「絆」というと、どうしてもプラスの意味ばかりが日本では語られがちですが、語源は「馬、犬、鷹など、動物をつなぎとめる綱」という意味です。
だから、丈瑠にとっては「救い」であるはずの家臣たちとの関係性は同時に丈瑠自身を縛り付ける綱にまでなっていて、丈瑠はそこから自由になれません。


主従関係とはそれだけ拘束力の強いものであり、だから丈瑠自身の苦難はまだ終わったわけではないことがここで示されているのです。
むしろ丈瑠は十臓との戦いで家臣たちとの絆から解放されることをどこかで嬉しく思い、だからこそ望むまで没頭したのではないかと思います。
特に流ノ介の「ただし!侍として一旦預けた命、責任を取ってもらう!」や千明の「まだ、前に立っててもらわなきゃ、困んだよ」は脅迫ですらあるのです。
侍として命を預かるつったのはお前だろ!散々それで美味しい思いして来てトンズラかコラ!!」という感じで、これが任侠映画なら殿が指詰める可能性すらあります。
しかもまだ「志葉家当主ではない」という問題は何も解決していないため、まだまだ丈瑠と家臣たちの問題はこれからという状態です。


そしてもう1つ、丈瑠と家臣たちとは別の絆(こちらは肯定的な意味)が発生するのです、そう、源太と薫姫。
流石に丈瑠と家臣たちだけだと姫と丹波が悪者になってしまいかねないので、しっかり姫の方にもフォローを入れます。
まず丹波を姫がハリセンでぶちのめし、更に怪我から全快した源太がカッコいいんですよ。


「侍達に連絡を。私は先に出る」
「寿司屋で良ければ、お伴するぜ」
「おまえは侍では!」
「頼む」


ここで改めてずっと「丈瑠の幼馴染」というところの関係性でしかなかった陽キャの源太が初めて丈瑠以外の者と関係性を築いた瞬間です。
流ノ介たちとも関係性は深めましたが、それはあくまで「丈瑠を通じて」仲良くなった人たちでした。
しかし、ここで源太が「自分の意思で」姫の護衛をする展開によって源太の男前っぷりというか江戸っ子キャラがいい感じに生きて来ます。
やっと「不思議コメディ世界の住人」から「真の寿司屋」になった源太が姫と最高にクールな絆をこの一瞬で作り上げるのです。


実は二次創作界隈だと丈瑠と茉子、丈瑠とことは以外にも源太と薫姫のCP小説が多いのですが、ここから生じた関係性でしょう。
こりゃあ同人界隈は賑わったでしょうね、これだけ人間関係で色々妄想ができる戦隊も他になかなかないですから。
そのあとのナナシ軍団との戦いで丈瑠もフォローに回り、姫と源太の元に家臣たちも追いつき、改めてフラットな状態で戦闘に。


そのあとは茉子と太夫の戦闘なのですが、こちらに関してはどうも丈瑠と十臓に比べるとややインパクトが薄いのが残念
尺的にドウコクとの決戦に割かなければならない事情もあるのでしょうが、ここをもう少し色気たっぷりに撮って欲しかったところです。
ただ、太夫に関しては茉子にわざと切られることによって自分の執着すらも消そうしていることが対比されていました。
まあ一番の理由は女同士のキャットファイトはどうあがいたってカッコよく見せられないということなんでしょうが。


そしてその太夫の死と引き換えのようにして、遂にドウコクが復活しました。
ズルいなあ、ドウコクは出て来ただけで今までの諸々を「しゃらくせえ」で吹っ飛ばしてしまえるのですから。
しかし、ドウコクが出てくる前に終わらせるべき人間関係は全て精算させ、改めて序盤から拾って来たものを丁寧に拾い上げています。
丈瑠と十臓、そして茉子と太夫の因縁を挟み、更に殿と家臣、そして姫と源太の二重の「絆」が描かれることで闇から抜け出すことに成功。


夜明け前が一番暗いとも言われますが、今まさにこのタイミングこそが最も暗い夜明け前なのでしょう。
ここからどう最高の朝日へ持っていくか…評価S(傑作)。描くべき本作のテーマがしっかり結実しました。


第四十八幕「最後大決戦」


脚本:小林靖子/演出:中澤祥次郎


<あらすじ>
長い間丈瑠と家臣たちを隔てていた嘘が終わり、茉子もまた太夫との因縁を終了させた。しかし太夫の死と引き換えに、遂に血祭ドウコクが復活してしまう。家臣たちと丈瑠は封印の文字を使う姫のフォローに回り、封印の文字を発動するが、太夫の体を取り込んで弱点を克服した今のドウコクには効かなかった。封印することができなくなったシンケンジャーは果たして、ドウコクを打ち倒すための策があるのだろうか?


<感想>
さあ、いよいよ来ました…ドウコク復活!!


四十幕以来となるドウコク出陣ですが、これがもう圧倒的に強い。
流ノ介がスーパーシンケンブルー、そして千明が恐竜折神を使うのはパワーバランスとして良かったところで、特にずっと忘れられていた恐竜をここでまた使ってくれたのは良かったです。
ただし、それでもドウコクは圧倒的に強く、姫が封印の文字を使うまで持ちこたえるのも厳しいほどでしたから、歴代でも上位に入る屈指のラスボスではないでしょうか。
そして丈瑠もまた奥の方で何かあったときのために配備していて、全体的にすごくいい立ち位置にあります、というかフォロー役としても美味しいなあ殿。


で、何とか封印の文字には成功したものの、ドウコクが太夫の体を取り込んだことで変質しており、隙が亡くなっていました。
そのため封印することができず、姫も家臣たちも満身創痍となってしまい、丈瑠が一旦撤退することに…ここで元々のドウコクの強さに加えて「封印の文字」すら効かないことで、倒すしかなくなったのです。
封印の文字は序盤から示されていたのできっちり回収して使ってくれたのは良かったし、カッコよかったのですが、流石に封印して終わりというのは嫌だったので、うまく回避してくれました。
撤退した後ですが、ここでことはをはじめ家臣たちが丈瑠だけではなく姫様にもきちんと心配しているのはよかったところで、姫も丈瑠も大事にするのが筋を通していてよかったです。


そして今回のドラマとして最も色気ある丈瑠と薫姫の一対一のやり取り…今までまともに顔を合わせて話したことがないだけに、ここでのやりとりは一番好き。


「許せ。丹波は私のことしか頭にないのだ」
「当然です」
「ずっと、自分の影がどういう人間なのかと思っていた。私より時代錯誤ではないな。私は丹波のせいでこの通りだ。でも……会わなくても1つだけわかっていた。きっと、私と同じように独りぼっちだろうと……幾ら丹波や日下部が居てくれてもな。自分を偽れば、人は独りになるしかない」
「それでも、一緒に居てくれる者がいます」
「あの侍たちだろ。私もここへ来てわかった。自分だけで志葉家を守り、封印までなど、間違いだった。独りでは駄目だ」
「俺もやっとそう思えるように……」
「丈瑠、考えがある」


短いやりとりですが、ここで「光」である志葉薫と「影」であった丈瑠が会話を交わし、姫が自分の思いを丈瑠だけに吐露するのがよかったところ。
同時にこれまでずっと完璧超人な男前だった姫が一気に女性らしく見え、やっと丈瑠に「私」の部分を見せ、丈瑠もここで初めて「私」を見せます
志葉家の宿命に翻弄されて孤独な2人が近づき、初めて和解する…ここでずっと溝があった2人が急接近してお互いの孤独を理解することで、ストレスからのカタルシスとなるのです。
しかしもっと思うのは本作のサブテーマの1つが「ディスコミュニケーション」、すなわちお互いにやり取りや段取り、根回しをしなかったこともまた原因だったことが示されています。


このように和解できるのであれば、最初からきちんと会って話をしておけば、丈瑠から姫に代わった時も上手く引き継ぎや交代式ができたのではないかと思うのです。
ああ、もしかして武家社会でひっそり暮らしているうちに、あまりにも現代社会の感覚とズレが出てしまったのかなあ……なんか切ないものですね。
しかし、ここで改めて姫と丈瑠が宿命のために自分を押し殺して生きて来たと示されたことで、本作の「ヒーロー性」と「人間性」が反比例であると示されることに。
まじで先代シンケンレッドはこの2人並びに家臣たちに詫びるべきだと思います、状況的に仕方なかったとはいえ影武者なんて考えなければこんなことにならずに済んだのですから。


そして翌朝、薫姫は意を決して志葉家十八代目当主から降り、その代わりに丈瑠が改めて堂々と入場し、志葉家十九代目当主として座ることに。


「私の養子にした」


何と薫姫が丈瑠の義母となるという衝撃の展開…影武者よりもむしろこっちの方が驚きましたよ私は。
多くの視聴者は丈瑠を当主にするために「結婚」という形も考えられたと思うんですよ、私はしませんでしたけど。
でもそれは「マジレンジャー」のヒカル先生と麗で使ったパターンですし、それだと結局「愛」で逃げることになります。
本作における「絆」「殿と家臣」という主従関係の絆は決してそんな「愛」どうこうでどうにかなるものではありません。
だからこそ、「養子」にするという形で絶妙に回避し、丈瑠も薫姫も、そして家臣たちも彦馬も救うという最強の寸法です。


実際時代劇でも養子にする展開自体は昔からあったので珍しい話ではなかったのですが、ここでそれを用いるところがさすがは小林女史。
それまで幾分戸惑いがあった家臣たちも、今度こそ正式に丈瑠が当主として復活したことでわだかまりがなくなりました。


「無礼者!年上であろうと、血が繋がってなかろうと、丈瑠は私の息子、志葉家十九代目当主である!頭が高い!一同控えろ!」
「「「「「ははああああ!!」」」」」


ここで改めて薫姫の男前ぶりも描かれており、演技力には若干の難があったものの、丈瑠を当主として正式に戻すことで6人が正式なシンケンジャーとなる。
十二幕の段階だとまだどこか後ろめたさや距離感もありぎこちなかったのですが、今度こそ晴れて真の志葉丈瑠に、そしてシンケンレッドになりました。
そしてここからのドウコクを倒す策が「力尽く」というのもやはり過剰武装でパワーアップして来た丈瑠たちらしいなと。
一応フォローはしてましたけど、やっぱり本作の強さはあくまでも志葉家当主の力にあったことが示されています。


確かに封印の文字で多少なりダメージは与えていて全快していないので、と焦る可能性があるだけでも大きいです。
ただし、ギリギリの戦いにはなるので勝率としては50%といったところか…というところで、三途の川が溢れ出し、クジもまた溢れ出します。
ここで丈瑠が家臣たちと共に威風堂々と出陣するところがもうね、最高にかっこいい。


「殿の御出陣!」


ここで丈瑠の背中を見送る彦馬爺の顔と声が嬉しく、そして誇らしげでとてもいいなあと思うところです。
決してシンケンジャーのメンバーたちがこの1年で築き上げて来たものが嘘ではなかったことが示されます。
大量に溢れかえったナナシ連中を前にしながらも、威風堂々と揃ったシンケンジャーはまさに「真打登場」という感じです。


「おお、いるねえ」
「久々の殿様ご出陣だ!こんぐらいじゃなきゃなあ」
「どうあっても外道衆は倒す!俺たちが負ければ、この世は終わりだ」
「「「「「はい(おう)」」」」」
「お前達の命、改めて預かる!」
「もとより!」
「当然でしょ」
「何度でも預けるよ」
「うちは何個でも」
「いや、一個だから!」
「じゃ、俺たちは2人合わせて、更に倍だ!」
「持ってけ泥棒!」


ここで改めて6人揃ってこそのシンケンジャーと示した上で、最後を決戦前の名乗りで締めくくります。


「シンケンレッド!志葉丈瑠!」
「同じくブルー!池波流ノ介!」
「同じくピンク!白石茉子!」
「同じくグリーン!谷千明!」
「同じくイエロー!花織ことは!」
「同じくゴールド!梅盛源太!」
「天下御免の侍戦隊」
「「「「「「「シンケンジャー、参る!」」」」」」」


さあ、いよいよやって来ました。ドウコクとの最終決戦、ドラマ的な見所はほとんど消化しましたが、嬉しかったのはやはり丈瑠と薫のやり取りが入ったこと。
そして改めて丈瑠を真の当主に返り咲きさせるための絶妙な策を用意していること、しっかりお膳立てが整いました。
評価はS(傑作)、心置きなくドウコクとの最終決戦に挑みます。


最終幕「侍戦隊永遠」


脚本:小林靖子/演出:中澤祥次郎


<あらすじ>
志葉家十九代目当主となった丈瑠は晴れて家臣たちと最後のドウコクとの戦いに臨む。丈瑠が考えた力尽くの策とは姫が作り上げた志葉家のモヂカラのディスクをドウコクの左胸にある心臓部に突き刺すことだった。しかし、ドウコクの肉体は想像以上に固く、一回の攻撃だけでは倒すことができない。変身解除になるほどの満身創痍に追い込まれるシンケンジャー、果たしてドウコクへの勝機はあるのだろうか?


<感想>
さて、これでシンケンジャーも最後となりましたが、結果としては順当なところに落ち着いてくれました。
できれば、姫も揃っての「七人の侍」戦隊シンケンジャーも見たかったのですが、そこまでやると流石に丈瑠の立つ瀬がないか。
丈瑠を中心に源太が後ろを守り、茉子とことはが丈瑠の進路を確保、そして流ノ介と千明が丈瑠の盾になるという陣形。
時代劇らしいチームワークを描きつつ、的確な指示を出す流ノ介の二番手ぶりをここできちんと描いてくれたのは好きです。


そして丈瑠は姫からもらった「火」の漢字が3つある完全な攻撃用の秘伝ディスクをセットし、左胸にある封印の傷跡を狙う。
まずは源太が後ろから襲ってくる敵をダイゴヨウと共に一掃し、茉子とことはが進路を確保、そして丈瑠は見事に攻撃をクリーンヒットさせるが…。


「成る程、ちったあ考えてきたらしいな。が、こんな程度じゃ俺は倒せねえぜ」


渾身の一撃ですらもドウコクを完全に倒すには至らず、丈瑠は「所詮貴様は偽者」と言われてしまい、ドウコクの圧倒的な攻撃力で即座に満身創痍に追い込まれてしまうシンケンジャー。
ここに来てドウコクの圧倒的な強さも光り、最終決戦にふさわしい敵となってくれたのは嬉しい限りで、しかもその一方姫もまた怪我しながらももう1つのディスクを開発しました。
丈瑠たちだけではなく、姫も姫で怪我しているなりにできる戦いを見せてくれたのが嬉しいです。


「生きているならもう1度立つ」
「いや、それは……」
「立つ!丈瑠は絶対に戦いをやめない。丈瑠が影と知っても、側を離れなかった侍達も同じだ。私はそう見込んだから、彼等に託した。だから私も今出来る事を」
「しかし、姫は志葉家の……」
「丹波なぜわからぬ!志葉家だけが残っても意味はないのだ。この世を守らなければ、その思いは皆同じ筈。 皆の力を合わせればきっと」


ここで6人だけではなく姫と丹波も、そしてこの後に出てくる彦馬爺も全員含めての「シンケンジャー」というのをきっちり前面に押し出して来たのはいいですね。
中盤2クールがグダグダでしたが、その負債をきっちり取り返すかのように終盤で物凄い密度の物語を展開してくれています。
また二度目の戦いに行く前に丈瑠が「お前たち、立てるよな!?」という第二幕のやり取りを拾い、シンケンジャーがシンケンジャーになる最初のポイントも忘れず拾いました。
源太はダイゴヨウを預け、家臣たちも彦馬爺と勝利の後のお祝いを約束する…ここで「侍としての使命には全力」ながらも「戦いの後」を見据えています。


そしてドウコクを追って街中へ繰り出したシンケンジャーは姫が開発したディスクと丹波が開発した「双」というディスクを受け取りました。
ここで、ずっと憎まれ役だった丹波が姫の覚悟と丈瑠たちを見て、保身からきっちり「外道衆と戦う侍」としての役割を見せたのが見事です。
単なる憎まれ役ではなく、姫に対して過保護なだけに収まり、根はあくまでもいい人であるというバランスが絶妙。


「てめえら……待ってろと言った筈だぜ」
「わりいな。俺たちはせっかちでよ」
「その先へは行かせない。お前を倒し、必ずこの世を守る!シンケンレッド、志葉丈瑠!」
「同じくブルー、池波流ノ介!」
「同じくピンク、白石茉子!」
「同じくグリーン、谷千明!」
「同じくイエロー、花織ことは!」
「同じくゴールド、梅盛源太!」
「天下御免の侍戦隊!」
「「「「「「シンケンジャー、参る!!!」」」」」」


ここで恒例の生身名乗りも披露し、最後の決戦に臨むシンケンジャー。
周囲のナナシを蹴散らしたシンケンジャーは十三幕以来の合体モヂカラを使って「縛」という漢字を一瞬で作りドウコクを縛る。
そして、丈瑠が「双」を使って烈火大斬刀二刀流で怪我から癒えてないドウコクを追い詰め、そしてそこで来たのは…。


「今だ!」
「はあああああああああ!!ドウコク覚悟!!!」


まさかの流ノ介!これは正に「拍手の嵐真打ち登場」を持って来て、丈瑠がトドメを刺すのかと思いきや流ノ介に譲りました。
まあ元々九幕で「技術だけなら丈瑠より上」と示されてましたし、あの話で一度流ノ介をかませ犬扱いしてしまいましたからね。
その名誉回復も兼ねて、トリをレッドではなくブルーにというのもお約束外しを含めて、よくもやり切ったものだと思います。
同時に丈瑠一強になってしまわないようにという配慮だったのでしょうが、見事にドウコクの一の目を撃破、第二の目に移ることに。


サムライハオーに合体するもドウコクの圧倒的な攻撃力の前に次々と解除され、とうとうシンケンオーだけになってしまいました。
正直サムライハオーは好みじゃなかったし、ドウコクをあれで倒して欲しくなかったので、巡り巡ってシンケンオーに出番を与えたのは良かったところ。
モヂカラをギリギリまで溜め込み、ドウコクに斬られても渾身の一撃で倒すという「肉を切らせて骨を断つ」作戦をここで使います。


「今の内に言っておく。お前たち一緒に戦えて良かった。感謝してる」
「殿、私の方こそ」
「うちもです」
「6人一緒だから、戦ってこれたんだし」
「丈ちゃん、巻き込んでくれてありがとな」
「……しゃあ!行こうぜ、最後の一発だ!」


お互いに腹を割った本音を話したシンケンジャーは最後の一撃でシンケンオーの強大なモヂカラでドウコクを撃破…見事に悪役として立ちはだかってくれたドウコクの立場も盛り込まれました。
最後まで実に美味しくドウコクのキャラクターが使われ、個人的には見せるものは見せてくれかなという感じです。
その後は丈瑠と薫姫の別れのシーンが描かれ、丹波も改めて丈瑠を十九代目当主と認め、家臣たちとの別離が描かれます。
流ノ介は歌舞伎の世界へ、ことはは京都の実家へ、千明が大学受験のために浪人、そして源太が飛躍を目指してパリで屋台寿司…ミシュラン寿司でも作る気でしょうか。
そして茉子はしばらく両親と暮らしてまた日本へ戻ってくるそうですが、密かに丈瑠の嫁ポジション狙ってたりします?(笑)


別れのシーンではなぜか流ノ介がなぜか舞を披露し、そして家臣たちが去っていった久々の志葉家はすっかりがらんどうに。


「行ってしまいましたなあ。ここがこんなに広いとは」
「何だ、爺も孫のところへ行くんじゃないのか?」
「何の、孫にはいつでも」


そしてこれまで侍として厳しくしつけすぎた反省からか、料理教室やカルチャースクールにでも通ったらどうかと勧める彦馬爺。
うん、しばらく戦いもないだろうし、殿は社交性を身につける意味でももっと外に出た方がいいと思います
大団円として描きべきものは描き切りましたが、最終回自体は真っ当な終わり方ですが、個人的には少し物足りなかったかなあ。
もう少し最終回ならではのドラマが盛り込まれるものだと思っていたので、それがなかったのが残念といえば残念。


戦隊の最終回としては綺麗に閉じてこそいますし、最終決戦に相応しいカタルシスもあるものの、特別というほどでもありません。
やっぱり最終回ボーナスというのは相当に大きくて、年間の構成を含めてですけど、やっぱり「ギンガマン」を超える戦隊には出会えていないなあと。
シンケンジャーはその点順当にゴールしたものの「最後の最後でこう来るか!」という驚きはもう前回までで描き切ったので、ここはもうイベント消化という感じです。
まあその上でドウコクとの最終決戦をそれぞれの立場を盛り込みながらきっちりキャラクターを余すところなく使い切ったのは見事ですが。


久々に見直してみて、かなり再発見も多いシリーズでしたが、一番の収穫は改めてシンケンレッド・志葉丈瑠を好きになれたのは大きいです。
そして逆に微妙になったのが源太であり、最後で綺麗に収束したからいいものの、途中までは完全に作り手も持て余していた感じでしたし。
後、家臣たちに関してはことはにもう少し戦いの上でのスポットを与えて欲しかったところで、結局四十一幕以降やや空気気味になってしまっています。
まあ薫姫のインパクトがデカすぎた影響もあるのでしょうが、改めて姫は本当に男前で超かっこいいしかわいい。


2クール目全体のことに関しては総括の方で書くとして、評価はA(名作)。安定してきっちりゴールし切ってみせたと思います。

 

評価基準=S(傑作)A(名作)B(良作)C(佳作)D(凡作)E(不作)F(駄作)

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